元スケバン大臣ではないが「恥を知れ」、である。


 みずほ銀行で2019年、行員が顧客2人の貸金庫から金品数千万円相当を盗んでいた。三菱UFJ銀行の窃盗事件が起きたのは、2020年4月。みずほの窃盗は「2019年」としか記されていないので、この間のタイムラグは4ヵ月から1年4ヵ月。両行がこの間に情報交換していたら、2019年にみずほ、あるいは金融庁が公表していたら、三菱UFJの事件は未然に防げた可能性がある。


<みずほの隠ぺいで三菱UFJの事件を防げなかった可能性がある……>


 みずほは、三菱UFJの事件公表(2024年12月)から報道されるまでの約2ヵ月間、会長の通達を無視して自行の窃盗事案を隠した。また、2月22日付けの朝日新聞によると、みずほは三菱UFJの事件発覚以降に同様の事案がなかったか取材している記者に対して、2019年の事件後には類似の事実がなかったことで「(類似の事案は)なかった」と取材に答えた、という。2019年には「あった」が、それ以降は「なかった」と答えたのである。なんという詭弁。呆れ返る。もはや付けるクスリがない隠ぺい体質だ。もう首にした、被害は2人で数千万円だ、だからいいだろう……。卑劣としか言いようがない。


自行と全銀協の信用を失墜させた


 全国銀行協会からの通達を無視したことにも大きな問題がある。三菱UFJは事件を受けて2024年12月16日に記者会見した。その3日後、全銀協は定例会長会見で、福留朗裕会長(三井住友銀行頭取)が「昨日、全銀協会長名で会員行に対して通達を出した。貸金庫の管理態勢を点検し、改めてコンプライアンスの重要性や良識に基づいた行動の必要性を再徹底するようお願いした」などと語った。


 全銀協会長の椅子は金融界を仕切る総本山の最高ポストであり、会長経験者は勲一等を賜る。2000年代後半に3メガバンクグループが確立されて以降、その座は3メガの頭取が毎年就任する輪番制が続いている。今年4月からは三菱UFJの番になるが、昨年の貸金庫事件を受けて就任が危ぶまれていた。みずほは貸金庫窃盗があった2019年から三菱UFJの事件発覚までの5年間、2023年度に会長銀行として金融界を差配している。会長銀行を担うトップバンクが過去に事件を頬かむりしただけでなく、昨年は協会長が呼びかけた通達を無視し、取材を受けるまでの2ヵ月間、協会を蔑ろにした。みずほは自行だけでなく、協会の信用も失墜させた。この事実は相当重い。


<全銀協の福留会長>

 

隠ぺいの要因は脱税の露見阻止か


 みずほといえば、システム障害。大規模障害はメガバンクグループ発足時の2002年、東日本大震災時の2011年、11回に上るシステム障害が起きた2021年など、数限りがない。貸金庫窃盗があった2019年は新勘定系システムが稼働しためでたい年で、度重なるシステム障害と決別するため、みずほは不退転の決意で新システムの安定稼働に賭けた年でもあった。それだけに、なおのこと不祥事は握り潰したかった。だが、システム障害はその後もなくならず、2021年の大トラブルを引き起こしている。


 みずほは顧客との関係を慮って事案を公表しなかったと弁明しているが、こうした事件に被害者の個人情報は公表されない。にもかかわらず、頑として明るみにしなかった背景には、別の理由がある。


 脱税対象になる多額の現金を保管しているケースが多いからだ。貸金庫は富裕層が利用する。現金は預金すればいいと思うのが普通だが、僅かでも金利の付かない貸金庫に保管するということは、表沙汰にできない隠し資産だからである。だが、隠し通せるものではない。国税職員には税務調査のため金融機関を調査する権限がある。国税当局が介入したとわかれば銀行の信用は失墜し、上客は銀行を利用しなくなる。みずほは貸金庫が現金保管に利用されている実態が浮き彫りになることを恐れたのだ。


貸金庫事業の撤退が最大の再発防止策


 金融業界紙にいた頃、一度だけ貸金庫を取材したことがある。銀行にとってはセキュリティの観点からあまり見せたくないのだが、懇意にしている大手都市銀行の広報部長が許可してくれた。貸金庫メーカーからの広告出稿の見返りという業界紙らしい企画だったが、こちらの意図を汲んで現場を見せてくれた。1990年代中盤、貸金庫はバブルに乗って高度なシステム化の波が押し寄せていた。手動のほかに半自動、全自動と3種類あったが、この方式はコンパクト化され、生体認証などのデジタル化も進んで今も利用されている。


 全自動型は長方形の箱がベルトコンベアのように手元まで運ばれてくる。1000個近い箱の中から、利用者が待つ地点まで自動で到着するのは壮観だった。その頃は箱の大きさから、月間2000~5000円程度の利用料だったと記憶するが、現在は月に1万~3万円のようだ。


<クマヒラの全自動貸金庫(同社HPから)>


 当時、貸金庫は手数料ビジネスの一環として導入する銀行も少なくなかった。いまでも富裕層を繋ぎ止めるツールとして一定の需要はある。しかし、銀行支店は急激に減少、インターネットバンキングが普及して来店客数も激減した現在、立派な貸金庫設備は導入しにくい。このため貸金庫メーカーでは、初期投資を抑えて導入を促すため、機器使用料とメンテ料を年間で支払う、いわばサブスク制を推奨しているケースもある。


 今回の事例を受けて、業界では貸金庫ビジネスから撤退する金融機関が増加するに違いない。窃盗を完全に防ぐには、貸金庫事業をやめるのがベスト。みずほは撤退の意向を示している。どうせ守れないコンプライアンス、最も安直な解決策を選んだ。


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平木恭一(ひらき・きょういち)

明治大学文学部卒。経済ジャーナリスト。元金融業界紙編集長、金融業界の取材歴30年。週刊誌や経済専門誌に執筆多数。主な著書に『図解入門業界研究 最新金融業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本』(秀和システム社)、宝島新書『超絶! プロ野球噂の真相』(共著:宝島社)など。https://www.k-hiraki.com/